私の結婚観についてお話させていただこうかと思います。

私は現在34歳、先月離婚しました。今思えば本当にばかな選択をしたと後悔しています。

そんな私の結婚のことについて、投稿します。

流されやすい性格

私はあまり自分というものがなくて、小さい時から友達や周囲の意見に流されるように育ってきました。

小学校の時も、そんなに好きでもない男子と勝手に好き同士だとはやし立てられて、その気になって、お互いになんとなく意識して、特別付き合っているわけでもないのに、周りからカップルとして扱われて、なんとなくそういうのがイケてると感じていました。

中学も高校もまさに同じ道をたどっていて、彼氏がいて当然、好きな人がいないなんてありえないという周りの女子と調子を合わせて、通学途中でバレンタインのチョコを渡してみたり、みんなが告白するから私も、という形で付き合ったりしていました。

大學でも、女子でつるんでいて、それまでの経験人数とか、合コンで誰とどうなったかなどの話で盛り上がって、グループの全員に彼氏がいたりすると私もあせって彼氏を作ったりして、話を合わせていました。

そんな友達ばかりで、やっぱ早くに結婚したい願望が強くって、1人が23歳で結婚したのを皮切りに、次々と結婚ラッシュが続き、翌年からはお決まりの出産ラッシュが続く形になりました。

こうなると、世間でいくら晩婚化が話題になっていても、そんなことはどうでもよくって、私も早く結婚しなきゃ、となるわけです。

だから、最後の1人にならないようにだけはしないと!という変な維持で、25歳で合コンで知り合った2歳年上の商社マンと結婚しました。

やっぱり仲良しグループだとは言っても、だれがどんな人と結婚して、何人子どもがいるかなどは、お互いにチェックしているもので、私はグループの中でもサイゴン1人にならなかったことに心からほっとしていたし、商社マンの彼と結婚できたことも、他の友達よりはいいことなんだという位置づけで収まりました。

学生気分もここまで

でも、馬鹿なのは、結婚はゴールではないということなんですよね。

当然結婚すると、生活を共にする家族との時間が第一で、昔の友達とつるむようなこともだんだんとなくなります。まして子どもが生まれだすと、初めはちびちゃんを囲んでお祝いだなんだと集まってはいましたが、私が出産をする頃には二人目や双子のママまで出始めて、そんなに大騒ぎすることでもなくなり、出産祝いがぽんと届いて、また会えたらいいね、という文言のみ、お祝いに駆けつけてくれたり、言ったりすることもなくなりました。

しょうがないのは子育てをしてみて身にしみてわかりましたが、それまで、私は常に女子とつるんで何かしらしていたので、一人で毎日赤ちゃんと2人きりの生活はポツンと取り残された感が大きくて、なにかとストレスをためだすきっかけになってしまいました。

夫になった商社マンの彼ですが、たしかに仕事はできますし、収入も安定しています。でも、実際に生活をしてみると、冷たい人、あまり家族に関心がない人だとわかりました。

さらに、姑がとても強引で身勝手な人で、私のことを娘のように思っているという名目で、ずけずけと子育てに口出しをして、夫がいなくても平気で突然遊びに来るなど配慮に欠ける人でした。

そういうことを昔の友達とメールでやり取りするものの、皆同じように何かしらの愚痴の言い合いで、あんなに競うように結婚した癖に、誰一人として幸せだということを言う人はいませんでした。

それが日本人の美徳なのかも知れませんが、臨んだ結婚を幸せだと言い合えない関係も気持ち悪いものです。

さらに、情報だけは詳しくて、あの子はもう3人目が産まれるとか、お受験をするとか、そんなのしなくてもいいのにね、などと言ってみたり、なんだか電話を切ってももやもやする関係に変わってしまいました。

現実問題

結婚生活でものすごいストレスになったのは、やはり姑の存在でした。

夫はマイホーム計画を建ててはいましたが、姑の鶴の一声で義理の実家を二世帯住宅に建て替えることになりました。私は夫の実家の近所の環境があまり好ましく思っていなくて、ある地域に家を建てようと言っていたのを軽く覆す夫に嫌悪感を抱きました。

子供の面倒も見てもらって、私も働けばいいなどと勝手なことを言いだし、私には毎日おいしごはんを作って出迎えてほしい、仕事なんかしなくていいからかわいい奥さんでいてほしいなどと言っていた夫とは別人のようです。

二人目も望んではいましたが、ぎくしゃくした関係を表すかのように授からず、姑も息子だけしかいないくせに、女の子を産めなどと無理を言ってくるなど、私のストレスは爆発寸前でした。

子どもが小学校に上がるまでに何とか解決したい、、離婚を切り出したのは、学区の問題も大きかったんです。

二世帯の話をとん挫させ、別居もいとわない姿勢で、これまでの不満を解決できるのか、初めて夫とちゃんと向き合いました。今思えば、周りに遅れを取らないように、というのが第一になっていて、夫のことをちゃんと見極められていませんでした。

そんなときに、昔の友達から電話が来て、ある子が離婚したんだよと、興奮気味に報告されました。やっぱり、と思ったのは私だけだったんでしょうか。電話をかけてくれた子も、どこか嬉しそう、人の不幸って楽しいんですよね。私はやっぱり、皆あの独特のノリに流されるからこうなっているんだと思いました。

離婚成立

無事に、というか、昨年のうちに、離婚が成立して、今は私が住みたいと希望していた街にこどもと2人で賃貸アパートで暮らしていて、すでに小学校の手続きも取れました。

私は臨床検査技師という資格を持っていて、幸い就職先はすぐに見つかりました。昔はだるい、なんでこんな学科に進んだのかなどとめげそうでしたが、こういう資格を持っていたことに初めてありがたみを感じました。この資格がなかったら、子どもを一人で育てられるとも思わず、あの親子と二世帯で我慢していたかもしれません。

まとめ

一つ、今思うのは、やはり、この年でバツイチになってしまいましたが、この先の人生をまさか一人で生き抜いていこうとは全く思っていません。新しい出会いをして、新しいパートナーを見つけて、子どもとも仲良くやっていけたらそれが一番いいんです。

でも、まだ出会いはあるのでしょうか。そこが心配です。

先に離婚した友達から、最近頻繁に連絡が来ます。彼女の口ぶりでは、私と彼女は正しい選択をして新しい幸せを見つけられると言います。要は、他の、愚痴をこぼしながらも離婚を決められない子たちをディスているんです。

私はそういうのをもう断ち切ろうと思います。人は人、もっと前からこんな当たり前のことに気づけなかった自分を馬鹿だと思います。

今後は一人の母として、周りがどうであっても流されずに、きちんと前向きに進んで、その先にいい人との出会いがあればいいなと思っています。

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